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主催:一般社団法人ほのぼの運動協議会
共催:上智大学、八雲町産業連携促進協議会、八雲町
後援:八雲観光物産協会


函館空港から八雲町へ


9月10日(木)の早朝、函館空港で集合しました。
ちょうどその前日まで、東京には台風が来ており開催もあやぶまれましたが、無事に函館空港に全員集合できました。


函館空港


道南の地図




道南(みなみ北海道)の八雲町は、函館空港を北上すること約80キロ、時間にして1時間45分程度のところにあります。
町の東部は太平洋に、西南部は日本海に接しており、一つの町内にふたつの海を持っている日本で唯一の町です。
町の中央には、渡島山系が走っており、川も数多くあり、農業と漁業が盛んな町です。
北海道新幹線の整備計画では八雲町に新幹線新駅が設置される予定となっています。






9時30分には、八雲町の町有バスに乗って函館空港を出発、八雲町へと向かいました。
バスには、八雲町の美しい風景がラッピングされ、期待がますます募りました。
今回、移動は全てこの町有バスで行いました。

眼下に広がる牧草地と太平洋。ここからの眺めは特に素晴らしい。
(ハーベスター八雲にて)


八雲町に到着すると、まずは、元山牧場の牛乳で乾杯!
(ほのぼの運動は乾杯好きです。。。)








その後には、八雲町名物「二海(ふたみ)カレー」をランチでいただきました。

太平洋のホタテと日本海のタコの二つの海の幸が入っていることから、「二海カレー」というそうです。ミルク仕立てのカレーで、一見、クリームシチューに見えますが、ピリッと香辛料が効いて、やはりカレーです。

八雲町では他に2店で白いカレーが食べられ、 それぞれ独自の味を出しています。




 

プログラム@



八雲地域の歴史・木彫り熊 〜まち歩きプログラム〜


移動のバスの中では、八雲町の語り部の会の有志の方々が、バスガイドとして協力してくださいました。
八雲町という町名は、明治14年に徳川御三家の一つ、尾張藩(名古屋)の旧藩主徳川慶勝侯が豊かで平和な理想郷建設を願い、古事記所載の日本最古の和歌である須佐之男命が読んだ「八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」を引いて名付けられたといいます。
そして、平成17年10月1日には渡島山系をはさんで隣り合っていた、渡島管内八雲町と檜山管内熊石町が新設合併を行い、新「八雲町」が誕生しました。この合併により日本で唯一太平洋(内浦湾)と日本海に面する町になったことにちなみ、新たに「二海郡」(ふたみぐん)という郡名が付けられたそうです。
開拓の祖である旧尾張藩主徳川慶勝侯は、 大衆から大変人気があり、近年まで、「徳川さん」と呼ばれ親しまれていたということです。


徳川さんの銅像と解説をしてくださる語り部さん










参考:八雲町木彫り熊資料館


(昔、熊が飼われていた(?)小屋、発見!)



次に、八雲町が発祥の地である「木彫り熊」の資料館へ。八雲町と木彫り熊の話はそもそも大正時代にさかのぼります。

尾張徳川家19代当主・義親公が、大正時代にヨーロッパ旅行に出かけた際、木彫り熊をスイスで見かけます。これを八雲で冬期間(農閑期)に作って売れば副収入にもなり、また農村の復興につながると考えて、見本としていくつか買って帰国します。

そうして大正13年、義親公が持ち帰ったスイスの木彫り熊を参考として、酪農家の伊藤政雄氏制作の北海道第1号の木彫り熊が誕生します。
以来、「北海道観光客の一番喜ぶ土産品は八雲の木彫熊」と雑誌に書かれるほどにまで、八雲町の木彫り熊は有名になりました。

いまでは、八雲だけでなく北海道のいたるところで造られ、また鮭を持っていたり、立ち上がっていたりと個性あふれる作品が造られるようになりました。


 



プログラムA



八雲地域の畜産


つづいての学びは八雲町の畜産についてです。
まず、訪問したのは北里大学八雲牧場。ここでは、資源循環型畜産の取り組みについてのお話をおうかがいしました。

これまで日本では、輸入された飼料を主に使用していましたが、それにより牧場内では草資源の利用が後退し、また一方では家畜の糞尿が増大し環境汚染へとつながってしまうという現状がありました。

本来、家畜の糞尿はその飼料の生産された土地に還元し、物質循環を成立させなければなりません。そこで 1976年に開設されたフィールドサイエンスセンター(FSC)八雲牧場は、立地条件の特徴と21世紀の畜産のあり方を考慮し「物質循環を重視した自給飼料による資源循環型牛肉生産」を基本方針として1994年より国内で唯一自給飼料100%の牛肉を生産することになったそうです。

面積は東京ドーム80数個分で、八雲町の中央付近に位置し、町が標榜する自然美術館の中にある、未来の日本を創る牧場です。



「北里八雲牛」は自然・食・ヒトの健康を保全する資源循環型畜産を構築することを理念とし、放牧を主体とした飼養管理で生産されているそうです。









牛糞の土。牧草を育て、牧草を食べ、牧草を糞で排泄 糞を発酵させて肥料にする。牧草のみを食した糞は臭くない。



その後、八雲町育成牧場へ移動。今度は、同じ牛でも酪農(乳や乳製品を生産する畜産)についてのお話をうかがう予定だったものの、この日は、雨で中止となってしまいました。
八雲町は、乳牛頭数9千6百頭、生乳生産4万1千トンと道南随一の酪農郷で、 八雲町育成牧場では、農家が安心して搾乳に専念できるよう農繁期の5月から10月の間、牛が出産をして搾乳ができるようになるまでの育成牛を町営の牧場で放牧飼育しています。170haの草地に700頭の育成牛の放牧風景は北海道ならではの風景、そして、八雲市街地から7km、海抜200mに位置し、展望台(畜産資料展示施設)からの眺めは絶景だそうです。
いくことができず、本当に残念でした。



プログラムB



八雲高校の生徒、上智大学の学生、八雲町関係者およびほのぼの運動関係者の
ディスカッションと交流会

初日の最後のプログラムは、講演、そしてディスカッション、交流会です。
北海道の南西部、渡島半島に三方を囲まれた湾、噴火湾(内浦湾)を一望できる噴火湾パノラマパークに移動しました。パーク内のパノラマ館(学習室)で、まずはじめに、ほのぼの運動の理事長・大河原毅の講演「八雲への思いと未来への絆」でスタート。
講演を受け、また上智大学学生とほのぼの運動のスタッフは、この日のプログラムを受けたうえで、八雲高校の生徒のみなさん、そして八雲町関係者のみなさんとで、ディスカッションを行いました。
この自然豊かな八雲町から、どんな未来を描けるか、高校生、大学生、社会人とさまざまな年代、バックボーンの人たちで意見交換。
疑問、質問を通じて、みなさん、真剣かつざっくばらんに発言しあいました。


大河原理事長(右)と岩村克詔八雲町町長(左)、そして、意見交換の司会をした平野百合子ほのぼの運動協議会北海道支部長(中央)。













そして、最後は交流会。
岩村八雲町長の歓迎のあいさつを受け、大河原理事長の乾杯でスタート。
本来は、噴火湾パノラマパーク内にあるオートキャンプ場「オートリゾート八雲」でバーベキューとキャンプファイヤーの予定だったのですが、残念ながら雨。そこで急遽屋内での交流会へと変更となりました。
そこでも、たくさんの八雲の海の幸、山の幸をいただき、またより深い絆を深めることができました。
この日は、平野ほのぼの運動協議会北海道支部長のあいさつで終了。
高校生や大学生の夢や将来への希望、地元への思いなど、得るところの多い交流会となりました。



チャレンジ未来 交流会 〜上智大学と八雲町の交流・連携の可能性を求めて〜

第2日目につづく


 



この件に関するお問い合わせは、
ほのぼの運動協議会事務局まで。
電話:03-5722-1070、メール:jimukyoku@honobono-undo.org